阿部慎之助の終焉まで看取るブログ 2014年11月

ファンフェスタ、そして特集番組

直前まで行こうか迷っていましたが、結局行きませんでした。
行かなかったのは10年以来?かな。
帯状疱疹が良くならないため、中々外出しようという気になれません。

ファンフェスには行きませんでしたが、横になりながらテレビでは見ていました。
阿部本人がキャプテンを辞めると口にしたときは本当に驚きました。
辞めるかも、と新聞でも語っていましたが、実際口にされてしまうと……。

そして、それ以上に驚いたのが今日の1:00頃にやっていた阿部の特集番組。
途中で首についての話が出て、レントゲン写真と共にヘルニアだった事が明かされました。
シーズン中は送球しようにも肩が上がらず、苦しかったと。

一塁に転向と聞いた時は正直もっと捕手の姿を見たいと思っていました。
が、実際にレントゲン画像を見せられ、苦しかったときの事を語られるとプレーして貰えるだけでもありがたいな、と。

来期、ヘルニアと付き合いながらどこまで出来るのか。正直3割30本を期待するのは酷だと思います。
もうプレーして貰えるだけでありがたい。そう思いながら最後まで見守ろうと思います。

しかし、何故特集を組んだのがフジテレビなのか、ヘルニアである事を明かしたのもここ。
日テレは一体何を……。


総括後半記事は徐々に書いています……。

帯状疱疹

結構前から左のわき腹から背中に掛けてが痛く、PCに向うのも億劫になっていました。
3日くらい前に湿疹が出始め、病院に行ったところ帯状疱疹の診断を貰いました。

阿部と同じ痛みを…と考えると良い経験なのかもしれませんが、現状として物凄く痛いのです。
原因は過労とストレスとのことで少し休む予定です。

ああ 良かったと思えるのは治ってからだろうなぁ…。
痛すぎて何もしようと思えません。

2014年 阿部慎之助(前半戦)

.248(459-114) 19本 57打点 出塁率.340 長打率.425 OPS.765 三振77 四球58 死球7

阿部本人も、ファンとしても納得出来る数字に戻す事は出来なかった。
打率はルーキーイヤー以来、.270を下回り、本塁打も8年連続の20本に乗せる事は出来ず、2006年以来の低調な成績に終わった。
ずーっと見続けていて思った事や感じた事を書いていこうと思う。

開幕前
OP戦開始時はスロースタートだったものの、率を上げて1号が出たあたりからはいつもの阿部だったように思う。
自打球の影響で退く事はあったものの、首痛発症までは変わらず打ち続けていた。
首痛発覚で開幕ピンチ!という記事を見た時は焦ったが、そこまで重傷だとは思わず。
本人の本塁打王宣言もあり、開幕に間に合うかどうかだけを気にしていた様な記憶がある。
結局、阿部も開幕戦出場が決まり、杞憂だと思っていたが……。

3,4月
開幕三連戦で4三振と12年、13年の阿部からすれば信じられない低調なスタートを切った。
横浜戦では自分の調子を見切ってチャンスであえて打たない、というキャプテンらしい打撃も見せてくれた。
試合に出つつ、怪我も治すというここ数年阿部がやっていたスタイルで復調してきたかに思えた。
が、中日戦、田島から左足に死球を食らってしまう。
OP戦で痛めたのと同じ場所に食らった死球は重傷、チームの状態が良かったこともあってシーズン早々欠場する事となってしまった。
阿部は死球で怪我をする事が滅多に無い選手、避けるのも凄く上手い。
今思い返すと、体がバラバラで避ける事が出来なかったのだろう。
だが、この時点でも俺にとっては去年までと変わらない阿部だったから、そんな事は考えもしなかった。
ヤクルト戦で打った4本塁打も完全復調だと思い込んでいた。
が、あの時に見た田淵氏のコメントがハッキリと思いだせる。
「たまたま振ったところに来たボールを打っているようにしか見えない。」
ふざけるなよと、あの時は思っていたが、本当にその通りだったのだろう。
プロの目は確かなのだと改めて思わされた。
この4本塁打の直後に又も首を痛めて欠場。
そこからプロ最長の27打席連続無安打を記録してしまう。
途切れた瞬間のツーベースも本人はファールのつもりだったのだろう。中々走り出さず、ラインギリギリに入って運良くツーベースになったような感じだった。
4月後半にはホッケーマスクも外すなど、どんどん阿部が阿部で無くなっていくような寂しさがあった。


5月
5月3日までタイムリーが1本も打てず。初タイムリーが久々のマルチヒット。
徐々に打撃が上向き、横浜戦では久しぶりの5号に加えて5打点。加賀の内角、難しい球を見事にホームラン。
今度こそ復調か?と思ったが、又も打率が落ち込み、中々.220台から浮上出来ず。
そのまま交流戦に突入してしまった。
現地観戦した日ハム戦では2本のツーベースなどでヒーローになるも、5月の粘りはそこまで。
金子千尋の9回無安打に抑えられた試合でも最後の最後、良い当たりがショートの頭を抜けない。
不運と不調が重なった最悪の月だった。
月間1本塁打に終わったのは12年の7月以来、打率も全く上がらない上に三振が増える。いい所を探そうと思っても見つからない。
阿部にとって最も苦しかったのが5月ではないか。


6月
リーチを掛けてから随分時間が掛かったが、松井を抜く333号と通算1000打点を同時に記録。
が、チームは負けてしまうという寂しい達成となってしまった。
続いて西から打った超特大の7号は今シーズンベストに入るような当たりだった。
交流戦は村田の内野フライが何故かタイムリーになってしまう珍事が2度も起こって何とか優勝。
しかし、優勝の掛かったSB戦では指名打者で出場するなど、イマイチ体調面も戻っていないように見えた。
ずっと首痛に苦しんでいたが、交流戦終了後には阿部本人から見せる数字に戻すと大きな宣言。
去年もAS前3割宣言をして達成していたので、凄く期待をしていた記憶がある。
リーグ戦再開の初戦で有限実行となるタイムリーを放ち、6月を締めた。
この流れで7月に続くと思ったが……。


7月~AS前
良い流れをいきなり打ち切ってしまう無安打スタート。
代打で出て来た2戦目は打球が上がらず併殺を放ってしまうなど、またもや苦しい立ち上がりになった。
が、大野から放った8号は復調を感じさせてくれた。
最前列に飛び込む狭い球場特有のホームランだったが、今まで放った7本は何れも大きな当たり。
崩されて打った初めてのホームラン。ここから勢いが付いた。
ジワジワと複数安打で率を上げて2ヶ月振りに.240を越えると苦手メッセンジャーからバットを短く持ってライナー性のホームラン。
一気に.250に乗せ、このままいける!と思ったところで阿部慎之助デー。
ついに4番での出場。……が、ここで燃料切れ。
打率は.246で前半戦終了。
阿部にスポットを当てる特集などもあり、見ていて楽しい場面が多かった。


と、前半戦の思い出を書いたけど、全く総括になっていない。
後半戦分も書いて1年に総括で3回に分けます……。
プロフィール

ハイツ北村

Author:ハイツ北村
上原浩治と会いたい。
阿部慎之助と話をしたい。
道重さゆみと結婚したい。

どれも現実にしてみせます。

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